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人生は糾える縄の如し(夫婦のこと)

2016/03/05
大変ご無沙汰しておりました。
これからもボチボチとは書いていきたいと思っています。

さて、今日のタイトル…心理学とは関係なさそうですが
この言葉について考えてみます。

言わずもがな、人生には幸があれば不幸もある、またその逆もある、という意味ですよね。

この言わんとすることは、いろいろ解釈できます。
①今不幸だけど、きっと幸せが来るよ、という希望の言葉として
②今が幸せだからといって、調子に乗るなよ、という自戒の言葉として
③つねに変化するのだから粛々と生きろ、という人生観の言葉として

どう捉えるかは人それぞれでいいと思いますが
個人的には、②のニュアンスがあることによってあまり好きな概念ではありませでした。

物事には両義性がある、表裏一体であるという考え方は
心理療法でも良く使います。
例えば、完璧主義は、良い仕事をさせる側面の一方で、人を追いつめる側面もある、など。
ごく簡単に言っていますが。

ですが、人生は糾える縄の如し、という言葉のニュアンスは
幸せでも次にまた不幸が来るよ、という訓戒めいて捉えていたのです。

しかし、糾える縄と考えれば、表裏一体という意味と大差ないのかもしれません。


前段階でだらだらと書いてしまいましたが、今回書きたかったのは夫婦のことです。

最近、ご夫婦のご相談も増えています。
上手くいかなくなった夫婦、離婚する夫婦。

上手くいかなくなっても、夫婦を続けて行く人達も多くいます。
日々、苦行です。家庭に幸せはありません。
それでも、様々な事情が、彼らを夫婦のままにしています。
変化もできないのであれば、そのまま耐えるしかありません。

へんな話ですが、こういう夫婦に一つだけ利点があるとすれば

「人生の別れが、比較的辛くない」

ということになりますでしょうか。
離れられなくても、どこかの時点で死が二人を分かちます。
その時の思いは、おそらく他の夫婦より楽なものになるでしょう。

逆に、円満で、非常に愛し合っている夫婦がいたとします。
彼らはもちろん日々幸福ですが、その幸福の中には
いつか来る人生の別れへの恐怖を内包しています。
おそらく、実際、その時が来れば、先にあげた夫婦よりも
大きな苦しみを抱えることになるでしょう。

人生は糾える縄の如し

これが、最近私が思った、糾える縄のことです。
まあ感情はそんなに単純なものではないでしょうが
比較的、そういう側面がある、という意味ですね。


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13:19 結婚生活 | コメント(2) | トラックバック(0)

幸せな夫婦の効果

2012/03/09
3月に入ったというのに、寒くて雨の多い日が続きますね。

こんな日が続くと、以前同じ時期に書いた記事→お天気
を振り返りたくなります。


それは、おいといて、今日は、幸せな結婚=夫婦を増やしたいという
私の野望(笑)の効果について書きますね。


今、未婚化や少子化が社会問題とされています。

それはそれで問題でしょうが、もう一つ見落とされているのが、夫婦問題です。


多くの人は、結婚して子供を作ったら、それでゴールと思っていますが
本当はまったくそんなことはありません。

その中身、質が大事なんです。


夫婦関係が良好で、子供がその環境で育成されると
社会や経済にいろんな良い効果があります。

・ストレスが低減して、仕事などの生産性が向上します

・同じく医療費が軽減するでしょう

・旅行、外出、家庭内外生活の消費が促進されます

・その影響は子供世代にも引き継がれ、良い循環が起こります

・ボケ防止にもなり介護保険料の節約にもなるでしょう

・総合として社会が良い方向へ発展します


ところが、夫婦仲が悪かったり、離婚したりということになったらどうでしょう

・母子家庭は、多くの税金で保護される必要が出てきます

・離婚した男性は、健康維持が大変になります

・その他、上記と反対なことが起きます


ちょっと効果の具体例が不十分ですが、言いたいのは

夫婦仲についての問題意識が、少子化や未婚化に比べて少ないのでは?

ということなんです。

いろんな社会的な影響があるのに、あまり議題にのぼらない。

これは、個人のレベルでも、社会のレベルでもです。


夫婦になったら、なぜか人は、内情を人に話さなくなります。
そしてある日突然離婚したりします。

結婚するより、安定した結婚生活を維持するほうが大切なのに
誰もそれについて触れない。

気づいていないのか、気づいている人も口にしないのか。


だから独身者は、ひたすら結婚という、ある一時点でしかないゴールを目指し
間違った結婚活動をする。


・・・・まとまりませんでしたが、このへんで。
もうちょっと頭が働くときに、また書くかもしれません。

早く春らしい気候になるといいですね。


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19:42 結婚生活 | コメント(1) | トラックバック(0)

教育

2011/11/30
とある50代女性の台詞です。


「子供の頃、当たり前のように男女差なく勉強して、

大きくなったら、男女差なく当たり前のように大学に行ったり就職したりしてたのに

20代30代になった途端、お金持ちやエリートと結婚して専業主婦になるのが

女性の一番の勝ち組のようになってしまう。

だったら、女に今のような教育なんかいらないじゃない。

子供の頃から、良妻賢母になる教育をすればいいじゃない。

女も男と同じように教育するのって、社会の欺瞞だわ。

大人になって、役立たない教育なんて何の意味もない。

女性が、一生懸命勉強したって、何の意味もない。


・・・・と思っていた。30代までは。

だけど、女の人生にはさらに先があると、気づいた。

40代50代になると、そのような勝ち組女性のその後が見えてくる。

最低の夫でも、経済的に自立できないから離婚できない女性

家庭生活だけに閉じ込められて、息苦しい思いをしている女性

離婚したものの、まともな仕事もなく路頭に迷う女性

そんな人の生活が見えてくる。


結婚しても出産しても、仕事を続けるという意欲を持ってきたこと

そのための能力と技術を培ってきたこと

そしてそれは子供の頃の勉強から続いていたこと

それによって、経済的な安定と、もっと大事な精神的安定があること

それに気づいた。


子供の頃からの、男女平等の教育は決して無駄でもないし

間違ってもいないということに、

この年になってやっと気づいた」




そんなお話、されてました。

いろいろ考えさせられますね。


教育は、女性にも最大限のチャンスを与えようとするものです。

そこからなにを選択するのかは、それぞれに任せられています。


いろんな考え方があるでしょうが、メンタルヘルス的に言うと、

まずは、自分が選択したものを否定しないことが、大切です。

どんな立場であれ、自分の選択はこれでよかったと思って

自分の生活に意味を見出せば、楽になり

それ以外の選択をした人を羨ましがったり見下したりしなくてよくなります。


ただ、ここは結婚した人というよりも、結婚前の人へのブログなので

結婚に人生のすべての勝負をかけるということのリスクについては

これからも書いていくつもりです。



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20:11 結婚生活 | コメント(4) | トラックバック(0)

女がする家族の話

2011/07/16
まだこのテーマをひっぱってます。

(6/10の記事参照ください)


まわりを見ると、家族の話をよくする人としない人がいます。

親しい間柄だと、家族の問題や、悩み事の相談など、

それなりに深いテーマだったりしますが

親しくない間柄での家族の話は、相手が興味があるジャンルの話でない以上

無難な社交的会話であると同時に、非常に退屈な話題でもあります。


例えば、息子が東京大学に入学したという話題は、

そのお子さんをよく知らず、東京大学や学歴に興味がない人にとっては、

「よかったですね」と答えるしかない、退屈な話題です。


なので、普通の感覚というか、社会性がある人は、相手にとって退屈であろう

そのような話はあまりしません。

しかし、一部の女性は、そのような家族の話題を

誰かに聞いてほしいと思ったりもします。


嬉しいことを、共有できる相手であれば、それは当然でしょうが

そうでもない人を相手にでも、話したくなるわけです。

そのような家族の話題は、いうなれば自分が「獲得したもの」についての話です。

だから、自慢話にも聞こえる。


さっきも書きましたが、その喜びを共有できる相手とならいいのです。

苦労も共有していたりして、心から、良かったね、と言ってくれる相手。


しかし、そうでない相手に対して、「私はこれを手にした」「これを持っている」と話すのは

とても下品、というか幼稚な感じがします。

少なくとも、相手が退屈な話題を平気でするという点で、大人ではないといいますか

洗練されていません。

(…とずっと思っていたのですが、こういう価値観を、女性の間で共感し合えることはマレです。洗練とは、ハイソサエティ風の暮らしをすることと思う人が多いですね)



これが欲しい、という話題は、それに比べると、もっと健全です。

ですから、私は、女性たちの恋愛の話題が好きなのです。

彼女らは、「恋人が欲しい」「結婚したい」「ああなりたい」「こうなりたい」

とは言いますが、「これも持っている」「あれも持っている」とは言いません。


心のベクトルが、目標へというか、前へ向かっています。

しかし、いまある家族の話をする人は、過去の遺産(笑)で生きています。

中年以上の男性が、酔っぱらう度に、過去の遺産(自分が苦労して成し遂げたことなど)を

繰り返し話したがるのとよく似ています。


それらは微笑ましくもありますが、やはり退屈であり

人物の小ささを感じさせる行動です。



・・・・という話を身近な人にツラツラとしていましたら

坂東真理子さん(女性の品格の人ですね)が同じようなことを語っている

と教えてくれた人がいました。

この方の本は読んだことがなく、価値観も相容れないと思っていたので

あくまで印象論ですが(笑)、ちょっと意外でした。



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16:02 結婚生活 | コメント(3) | トラックバック(0)

老母たちの会話

2011/06/10
前回の記事を書いて、思い出したことがあります。

それは、高齢者が多い病院で働いていた人の話です。

彼女は、待合室での高齢者女性の話題が、ほぼ一種類であると言っていました。

子供の話。もしくは夫。

つまり家族の話。

70代以上ぐらいでしょうかね、彼女らは家族の話しかしない。


しかも、その家族の存在で、いかに自分が恵まれているかの話。

そのポイントはだいたい2つ。


1 子供がいかに自分に尽くしてくれるか(面倒を見てくれるか)

2 夫がいかに元気か(自分が孤独ではないか)


その2つが自分の存在証明。



その2つを、相手を変えてもひたすらと語り続ける。

とくに、より恵まれている(と一般的に思われる)人が、より饒舌に。


優越と劣等・・・・



それをどうこうとはあえて書きますまい。


ただ、私は、70を過ぎても、「子供と夫のこと」以外を語る

老人たちの1人でいたいと思っています。

そして、私の時代には、そんな老女が増えていて欲しいと思います。


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23:57 結婚生活 | コメント(6) | トラックバック(0)
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